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第12話 音の定義の相違 回数と音量 (2008年02月03日)

 フリーマガジンSUPER CiTY CHiNAからの依頼で、音を中心とした文化差異『中国の音』を連載中、読者の方から興味深いお題を一つ頂戴した。香港で会社経営されている日本人で、ビジネスで頻繁に大陸を行き来されている方だ。「松原さんが書かれている中国の音、実に面白い。いつもじっくりと読ませてもらっています。たってのお願いですが、書いて欲しいテーマがあるんです」 そのお題とは、『どうして中国人は食事中にぺチャクチャ音を立てるのか?』 それを耳にするや思わずのけぞってしまった。内角高めシュート気味の剛速球、一発退場危険球に近いコースだったからである。このテーマ、生半可な書き方は出来ないので、お題を頂戴した1年半前から、どう書いたものかと考えあぐねていた。

  まずは事実確認。食事中に音を立てる人は、欧米人には極めて少ないものの、どこの国にも存在する。日本人だってクチャクチャ言わせる人は居る。ここで問題になるのは、その割合である。音を立てる率は中国人の方が多い。ところが中国人側からは憤慨される。「そんな事は無い。食事中に音を立てるなんて礼儀に反する。“食事中の音は非礼”と教育を受けてきている。そんな事、常識だ」と。それに怯まず、そう反論しながらも音を立てている中国人に「今も音を立てたじゃない」と突っ込みを入れても、「誰が!いつ!?」と返され、気まずい沈黙を迎えた経験は、我々2人には一度や二度ではない。

  結論から述べよう。その原因は、回数の違いと音量の違い、この2つに集約される。中国人の食事中の音、これは10回咀嚼のストローク中、10回殆ど音を立てる事を指す。一方、それ以外の国々では、10回中1回でもペチャッと言わせるとアウトである。「私は音なんか立てていない!」と強弁する中国人の主張は、中国人の定義からすると正しいのである。10回中2~3回鳴らしたとしても、音を立てた事にならないのである。正しいvs正しくない、良いvs悪い の問題ではない。

  次に、後者の音量の問題。ペチャッやクチャッと鳴らしたvs鳴らしてない、これを決めるのは音量である。中国人の感じるペチャと、外国人の感じるペチャの音量に、差異があるからなのだ。上記の回数同様、これも定義上の問題であり、感覚の問題である。良し悪しや優劣の問題では無い。言うまでも無く、中国は世界でも最高に賑やかな国である。一つ一つの発生源の音量も大きいし、混じり合う音の種類も半端では無い。それらは中国人にとっては日常的で、気分が高揚する良い事なのである。一例だけ挙げよう。最近中国で発売されたあるメーカーのケータイの着メロの音量は、何と168dBと謳ってある。他の国のケータイの一般的値は80dB前後。168dB対80dB、聴感上の差は400~500倍にも及ぶ。注1) この168dBという数値は、白髪三千丈的な誇張が入っているであろうが、それにしても中国では感じる音の風景が他の国とは全く異なる。

  回数、音量、どちらも定義の違いである。良く議論が平行線で噛み合わず紛糾した時、その根本原因がお互いの認識の定義の違いだった、と熱い議論の後になって気付く事は、誰しも経験しているであろう。今回はそれに似ている。異なる文化や異なる習慣に触れる際、留意しなければならない一つである。

  誤解を極力避けるため、特に中国人の方々からの反発を回避するため、今回はいつも以上に細心の注意を払いながら書いたつもりである。が、念のためにさらにもう2例を挙げる。ある日本人が書いた本に、2年半の獄中生活後に以前の生活に戻ると、聴覚が前より良くなっていた、とあった。もう一例は、盲目のR&B歌手でピアニストのRay Charlesの話。視力を失うと聴覚が研ぎ澄まされる、とよく言われるが、思いだされるのが、彼の伝記映画の中で部屋に入ってきた虫の位置を正確に言い当てるシーン。虫の羽根の擦れる小さな音が聴こえるのも凄いが、我々一般人には到底聞こえない高調波をキャッチする事ももの凄い。したがって、Ray Charlesに言わせると、中国人と日本人のペチャの音に対する感覚の差など、取るに足らない些細な事であろう。
注2)

謝辞) 記事執筆に当たり御協力戴いた方々、ありがとうございました。香港のかずひろ,音キチ啓一郎,Rainy李,小鈴,も~よんNobu,玉貴。
注1) この168dBは信じ難い数値である。至近距離でのジェット機の騒音ですら140dBである。文献を紐解いてみても140dB以上の値なぞ載っていないし、そもそもジェット機の100倍近い音量となる168dBが本当だとすると、着メロが聴こえるどころか、その前に耳が破壊されてしまう。
注2) ラーメンや蕎麦などの麺類を頂く際ズルズルッと勢い良く音を立てている日本人であるが、他国の人々から眉を顰められているのはあまり気付いていない。
注3)『老松の猫虎飯店』の著作権は、全て松原弘明に帰属します。無断転載を堅く禁じます。

改訂:2月2日
初版:1月30日

コラムニスト 松原弘明 Right
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最終更新日 2011-08-20

 

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