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第5話 クラクション (2007年07月11日)

 言うまでもなく、中国はとかく賑やかである。私にとってはうるさくてかなわない。上海在住3年半、このうるささには全く慣れない。オフィスに居れば、数分間にも及ぶクラクションの長鳴らし、開業式での爆竹や花火、バイク盗難防止装置からの“ヒュゥ~ンヒュゥ~ン”の警報音。家に帰れば帰ったで、夜の静寂を打ち破るトラックのクラクションや、これまた開店の花火。早朝4時や夜中2時に爆発音が鳴り響き、飛び起きる事すら全然珍しくない。恐らく、いかがわしい祈祷師の予言を信じ、真夜中や明け方に商売繁盛を祈っているのであろうが、甚だはた迷惑な話である。これで苦情にならないのが不思議でならない。

 ところがである、6月に入り、上海に大きな変化が起こった。クラクションの音が極端に減ったのだ。ある週末の昼下がり、上海中心部のメインストリート淮海路から自宅まで乗車したタクシーの30分弱の間、周囲全ての車のクラクションは何とたったの5回。正に耳を疑う静けさだった。

 これは上海市政府のクラクション制限の法令施行による効果、と言うか威力である。上海市環境局と公安局(日本では警察に相当)は、6/1(金)より、市の外環道路内のエリアにおいて、クラクション濫用の取り締まりを開始した。無闇にクラクションを鳴らすドライバーの習慣を改善することが目的だそうだ。罰金は自動車で200元、バイク・電動自動車で50元。危険回避などやむを得ない場面以外でクラクションを鳴らしたと警官が判断した場合、取締りの対象となるそうだ。ところが、罰金が科されるのは6/15(金)からで、14(木)までは当該車輌への警告指導のみである。上記の30分乗車でクラクション5回は、9(土)の出来事である。罰金とは一切関係無い。多分、15(金)からの罰金施行を恐れ、今までのクラクション鳴らしまくりの癖を矯正するために、皆練習しているのであろう。事実、上海市公安局6/2(土)付けの発表では、取り締まり開始当日の6/1(金)、市内中心部のある交差点での調査結果、クラクション数は前日5/31(木)に比べ98%減少、前日のラッシュアワー時に30分間に520回もあったクラクションはほとんど聞かれなかったそうである。多少の誇張が入っているであろうが、大変な効果である。

 ここで老松は2つの疑問を感じた。「何故こんなにも急変してしまうのか? 何が原因なのか?」 もう一つ、「今までクラクション好きだった運転手は大丈夫なのか? 鳴らせなくて、ストレスは無いのか?」 前者については、共産党,上海市政府,警察の強い指導力に依るものである。“中国人は、強く握れば握る程、指の間からこぼれ落ちてしまう砂の様である” 三民主義を説いた孫文の有名な言葉である。その中国人をここまで強く指導出来る為政者の強さ、私には想像も付かない。もう一つの理由は、罰金である。とにかく中国人は罰金に敏感だ。逆に言うと、罰金が無ければ法の意味は無い、と言っても過言では無い。大手日系コンビニに弁当やおにぎりを納入する食品会社の女性社長から聞いた実話だ。「会社設立当初、商品が数%無くなってしまうのよ。作っている従業員が、旦那や子供の晩御飯のために勝手に弁当を失敬してる訳。日本じゃ絶対に考えられないでしょ? それでどうしたかと言うとね、班毎に罰金制を導入したの。班毎に欠品数をカウントし、連帯責任で罰金を課したら、それ以降一切ピタッと欠品はゼロよ。中国での罰金は威力満点でしょ。」

 後者のストレスについて、お節介な私はどうも気になって仕方が無い。ところが、タクシーの運転手さんに尋ねてみると、「オレは大丈夫だよ。だって前からクラクションはほとんど使ってないしな。うるさいのオレ嫌いだから。静かになっていいねぇ」 20人位のタクシー運転手に尋ねてみたが、全員異口同音。じゃぁ、今までのクラクションは誰が鳴らしてた訳? これまでタクシー運転手こそ率先してハンドルの真ん中を押してたのではあるが......?

 ところで、このクラクション頻度の変化を周囲の中国人に聞いてみると、皆気付いていないのである。「へ? そ~ぉ?」 また、「言われてみるとそうかも知れないと気をつけてみたら、確かにそうだった。でも翌日には忘れちゃってる」 この原因については既に老松は解読済みであるが、この中日差異も興味深い。いつか執筆するつもりではある。

 最後に、このクラクション規制、調査してみると、上海では89年,93年,2001年に発令されており、これが4回目である。定着しなかったのは、取り締まりが手緩かったのが原因だそうだ。今回はビシビシと200元を徴収し続け、この静けさがいつまでも続きます様に。

謝辞)執筆に当たり御協力戴いた皆様方。ありがとうございました。敬称略。yunyun朱,Rainy李,小鈴,Ken朱。
注1) 『老松の猫虎飯店』の著作権は、全て松原弘明に帰属します。無断転載を堅く禁じます。
注2) 中国人の多様性を鑑みた場合、中国人を一義的に定義する事は不可能である。『老松の猫虎飯店』では、私と関わりの多い都会在住漢民族の最小公倍数的な現象や特徴を記している事を、ここに記しておきます。


コラムニスト 松原弘明 Right
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最終更新日 2011-08-20

 

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